すっかり見方が変わった『日本の公教育』(中澤渉)│中公新書

働き方改革

twitterで紹介されているのを目にして、実際に手にとってみたのが下記の本。

 

結論から言うと、非常に読みやすく、感情に流されることなくデータ等に基づき理路整然と現代の教育の課題や問題点を指摘されていました。

 

中澤渉著『日本の公教育-学力・コスト・民主主義-』

巻頭にも紹介されている通り、本書は教育に関わる環境や歴史的背景など、非常に広く網羅されています。

実際に先進国の中で公教育日が少ない日本には、多くの課題が山積している。本書は、学校とそれを取り巻く環境を歴史的背景や統計などのエビデンスを通して、論じる。

 

それらの中で、特に心に留めておきたい部分を、自らの備忘録としてまとめようと思います。

 

“教育の無償≠無料”ということ

p94

「教育の無償」もしくは、「保育園や高校などの授業料の無償化」といった文言はよく耳にします。

 

しかし、「無償」は「無料」を意味しない、ということは、わかっているようで意外と誤解の多い部分なのではないかと思います。

 

教科書や授業料は徴収されないけれど、教材費や旅行費、制服や給食など、義務教育中にも子供にかかる支出は案外多いものです。

 

p95で示されている「子どもの学習費調査」(文部科学省)は、非常にインパクトがありました。

子供の学習費調査 平成28年度 子供の学習費調査 1 学校種別の学習費 | ファイルから探す | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口
各府省等が登録した統計表ファイル(Excel,CSV,PDF形式)を検索し、閲覧・ダウンロードすることができます。また、データベース化された一部の主要な統計では、表示項目の選択、表の組換え、グラフ作成等を行うことができます。

 

平成28年度の調査によれば、公立小学校の児童1人あたり、一年間にかかる学習費の総額は322,310円

つまり、32万円です。

 

この額は、学校外で支出する部分(学習塾などの習い事や、個人的に購入する図書費など)も含む金額で、学校からの徴収金に限定しても60,043円

6万円(年間)です。

 

子供の貧困化が叫ばれる中、私がもっとも危惧したのは「外国人材受け入れ」に関わる問題です。

 

ここ近年、まったく日本語の話せない外国籍の児童がポッと編入学するケースが多く、学習面はもちろん、金銭面で保護者との意思疎通が難しいケースに遭遇します。

 

おそらく、海外から渡航した家庭は、日本に子供1人就学させるのにこれほどの初期費用がかかることを想定しないまま来日してきたのではないかと想像することができます。

 

保育所の無償化は、誰得!?

p103

現政権の目玉政策として打ち出されている「保育所の無償化」。

しかし、これは果たして低所得者が恩恵を受ける制度なのでしょうか。

 

もともと保育所は、所得に連動して負担額が決定されています。

収入によっては、保育料が免除されるケースもあります。

 

もともと負担額が少ない低所得者層にとっては、「保育所の無償化」によって得られる恩恵は限定的です。

では、最も恩恵を受けるのは誰か。

 

皮肉なことに、もともと負担額の大きい高所得者層こそが無償化によって高額の保育料がタダになるため、恩恵にあずかることができることになります。(ただし、未満児等の一部条件で所得制限が設けられています)

「幼児教育無償化」いつから?2019年10月開始予定!制度の所得制限や対象の年齢について【ママの口コミも】 | HugKum【小学館公式】
子育てには本当にお金が掛かります。特に子どもが保育所や幼稚園に行くような未就学の時期には、毎月の保育料・授業料に加えて各種の教材費、習い事の月謝、子育てグッズの購入など出費が重なります。 一方で、マイ

 

↑ある自治体の月額保育料(利用者負担額)

つまり、聞こえのいい「保育所の無償化」ですが、低所得者にはあまり旨味がない一方、高所得者には高額な保育料がタダになるということになり、高所得者層は浮いた金でさらに自らの子供に教育費を充てることが可能になるため、さらなる教育格差を招く結果となる、と本書は指摘しています。

 

教育困難校の原因は、学校の教育水準(質)か

p117

アメリカの調査(コールマンレポート)を元に、教育困難校(教育困難地域)で学業成績が悪いのは学校の教育水準(質)が低いからかどうかという疑問に、本書では一定の回答を示していました。

 

結論から言うと、学校の教育条件や環境学業成績の差にほとんど関連が見られず、むしろ、就学前の家庭環境や地域環境などといった学校外の要因と結びついていたというのです。

 

つまり、就学前に存在する不平等(所得等による教育格差)は、学校での教育を施してもその差がほとんど縮まらないという結果を示しているわけです。

 

ここで、だからと言って学校教育に原因がないからと楽観するのは違うと思います。

国として、就学前にいかに学習(養育)を手厚くフォローするか。養育者の養育環境(仕事で手一杯で、子育てに手が回らない)を改善するか。そのあたりが重要だと思います。

 

記録・評価の重要性と時間・精神的ゆとり

p160

本書でも重要性を強調している通り、私も記録や評価を残し、蓄積し、現場で生かしていくと言うことが大切だと思います。

 

ただ、従来やってきているからと言う理由だけで、意図や費用対効果を意識しない書類作成や評価は一掃すべきです。

 

何を測定しているのかよくわからないような指標で形だけアンケート調査を行い、一見科学的な装いをした評価を行い、その評価に関連する書類を埋める作業で多忙化が進むくらいなら、そのようなものはやめて、教師間や、教師と子供のコミュニケーションの時間に充てる方が、現場にとってははるかに有意義だろう。

まさにその通りだと思います。

 

私は、この文言の中から真っ先にイメージされたのは、通知表です。

まさに、「評価に関連する書類を埋める作業」=「初見欄」になってやいないでしょうか。

初見欄を埋めるのに毎晩遅くまで残って作業するくらいなら、子供とのコミュニケーションを図り、教材研究を行う方が有意義ではないでしょうか。

 

下記ページの「通知表」の項も参照いただければと思います。

【管理職説得パック】一教師から始める学校の働き方改革
管理職説得パック <ダウンロード> 「働き方改革」意思決定シート 「働き方改革」職員向け啓発パワーポイント 「学校における働き方改革」保護者向け通知 「働き方改革」意思決定シート ...

 

「お客様のために」による弊害

p216

宅配業や飲食店を例に、「お客様のため」という言葉の元で過剰なサービスを要求してきた日本社会について、本書ではそのあり方を疑問視しています。

 

日本の学校現場も、この「お客様のために」精神が優先され、消費者優先主義のもと労働者の負担を増やしてしまってきたのではないでしょうか。

 

具体的には、「子供のため」に、本来なら保護者が請け負うはずの役割を学校が背負い、部活動という業務外の活動が半ば強制的に教師にのしかかり、多様な保護者の労働環境に合わせ、深夜の電話対応などに追われる現状は、まさに「消費者優先主義」と言えるのだと思います。

 

さらに、p221では、日本のGDPが、アメリカ、中国に次ぎ、世界第3位であることに触れ、世界でも有数な日本の生産性は、個人の過重労働に支えられているという点を指摘しています。

 

つまり、GDPを人口で割った値である「労働生産性」は主要国の平均以下であり、少子高齢化が進み人口減少が始まった日本においては、個人の過重労働を拠り所としている限り、将来の見通しは暗いのだと説明しています。

 

https://www.jpc-net.jp/intl_comparison/intl_comparison_2017_press.pdf

 

 

子供に身につけさせるべきは「非認知能力」

p223

これまで、学校教育では目に見えやすい「知識」や「スキル」を中心に教えられてきました。

50年前であれば、それらの知識やスキルが社会人になってからも生かされるため、これらの出来・不出来による評価は一定の整合性をもってキャリア選択に活用されたでしょう。

 

しかし、これらの「知識」や「スキル」は、もはやAIやコンピューターで代用可能になり、今後さらにそれらの分野が拡大すれば人間が身につけなければならない必然性はさらに縮小することが予想されます。

 

そのなかで、自分で問題自体を探し調査し考えを述べ討論する、といったことが重視されます。

これらは、現状AIやコンピューターでは代替不可能な分野であり、人間だからこそできる部分です。

これらを継続的に続けていくことで身につくのが「非認知能力」というのだそうです。

 

こうした能力は目に見えにくいため、評価が難しく、社会の急激な変化の中でこうした能力の育成が急務である一方、旧態然の評価(知識やスキルなどペーパーテストで測ることができるもの)から脱却できない現状があります。

 

下記のページも参考になるのではないかと思います。

樹のイメージでとらえた学力観『学力の樹』
学力低下が叫ばれて久しいですが、はたと「学力とは何か」と問われて、これと即答できる方はそれほど多くはないのではないでしょうか。 私もそのうちの一人。学力という『目には見えない力』を育てていく立場にあって、「学力とは何か。どんな力が近年低下...

 

過労・非効率…諸悪の根源は

p229

近年問題が表面化している教師の過労について、本書では「日本社会に蔓延する組織風土」が原因ではないかと述べられています。

 

組織の中で経営を円滑に行おうとする中で、些細なミスをも許容しないという風土が広がると、それを回避するために無意味な会議を開き、点検作業に膨大な時間を割き、その結果として労働者(教師)の意欲を削いでしまうと指摘しています。

 

それは、メディアによる部分も大きいのではないかと個人的には思うのですが、些細なミスを新聞で取り上げ、世論が一丸となって叩くといった構図が、「絶対にミスは許されない」というスローガンを掲げざるを得ない状況に追い込んでいるのではないでしょうか。

 

ミスをするものの評価は下がり、膨大な超過勤務をすることでミスを極限まで減らすものの評価が上がる。

超過勤務が正当化され、目標をクリアできない教師や子供は批判され、現場の雰囲気が抑圧的になっていく…

こうした職場に、誰が就職を希望するでしょうか。

 

誰にでも失敗はあるもの。完璧を求めすぎず、寛容さを社会全体で持ち合うことが必要だと感じます。

 

部活動指導における問題点

p246

部活動についても、本書の後半に述べられています。

部活動指導における問題点(超過勤務・僅かな手当て・専門性など)は広く議論されているので割愛します。

 

最も重要な視点は、「教師も、立場を変えれば家庭を持つ保護者である」ということです。

 

現在の部活動指導は、教師の過程やプライベートを犠牲にする形で成り立っています。

誰かの対価のない犠牲のもとで、社会が成立しているというのは、問題があっても見て見ぬ振りをするのと同じことで、さまざまな人々が共生し、一つの一体感のある社会を構築するのとは対極的な姿勢だ。

まさに、上の一文に集約されているのではないかと思います。

 

また、こういう議論をすると、必ず

「忙しいのは教師だけではない」p250

といった反応が返ってきます。

 

それは事実ですが、だからと言って忙しいもの同士がお互いに泥水に引きずり込むような「蜘蛛の糸」状態を続けても、問題の解決にはならないのではないでしょうか。

 

教育現場から働き方改革を進め、クリーンな労働形態にすることが、多分野の業界にも波及的に良い影響をもたらすのではないかと考えます。

 

おわりに

非常に多岐にわたって参考になる良書です。

なかなかこのページの中でまとめることは難しい部分があります。

 

ご興味があれば、ぜひお手にとってご一読されることを強くお勧めします。

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