目の色で子どもを差別−実際にあったアメリカでの授業

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アメリカ・アイオワ州のライスビルという町で実際に1968年に行われた実験授業です。
教鞭を取ったエリオット先生は、キング牧師の死後、当時小学校3年生の子どもたちに、「人種差別を身近な問題として捉え、差別意識を持たない人間を育てる」ことを目的としてこの授業を行いました。

いじめ問題や、格差社会が叫ばれる昨今。
40年以上前の実践から、とても考えさせられる事がありました。

以下は授業だけに編集された縮小版です。


青い目 茶色い目 ~教室は目の色で分けられた~

『青い目、茶色い目』教室は目の色で分けられた

今週は『全国友愛週間』ですね。
『友愛』って何かしら。

子どもたちは、口々に

親切にすること。
思いやりをもつ。

そこで、すかさずエリオット先生。

そう、思いやりをもつことね。本当の兄弟のように。でも、親切にされていない人たちもいるわね。
黒人。インディアン。
そうね。肌の色が違う人を見た時、どう思うかしら。
バカな人たち。

この小学校のあるライスビルは、アメリカでも珍しい、住民の100%が白人で構成された町。
黒人や原住民への根深い差別意識が子どもたちにも埋め込まれているのです。

エリオット先生は続けます。

肌の違う人たちの気持ちがわかる?
実際に経験するまで分からないでしょう?

そこで、先生は次のような提案をします。

試しに、目の色で人を判断してみましょうか。
青い目の人がえらいことにしましょう。

青い目の子はみんないい子です。

一瞬、子どもたちは無言になり、どよめきが起こります。

青い目の人は頭がいいの。

茶色い目の父を持つ男の子が、前に父から蹴られたことを例に挙げ、「青い目のお父さんは子どもを蹴ったりしない」と断言し、青い目の人は茶色い目の人より優れていると子どもたちに説明します。

さらに、エリオット先生は次のようなルールをクラスの子どもたちに告げます。

青い目の子だけ、5分余計に遊んでよろしい。

茶色い目の子は、水飲み場を使わないこと。

それに、青い目の子と遊ばないこと。
茶色い目の子は、ダメな子です。

茶色い目の女の子は、今にも泣きそうな不安そうな顔を浮かべます。

さらに、エリオット先生。

茶色い目の人は、このエリをつけなさい。

青い目の子はいい子

ここから、実際に青い目の子はいい子で、茶色い目の子はダメな子というルールが適用されていきます。

教科書を開くのが遅れてしまう茶色い目の女の子にエリオット先生。

ローリーがまだね。茶色い目だから遅いのね!

さらに、このルールは、他の青い目の子どもたちにも影響を与えていきます。

ものさしがないわね。
あっちだよ!
茶色い目の子が騒いだら、そいつをつかったら?
あれで叩けばいいってわけね!

エリオット先生が課すルールはさらに増えます。

茶色い目の人は、ランチでお代わりをしてはいけません。

その理由は、茶色い目の人は、バカで欲張りだから…

翌日ー

エリオット先生のルールが適用されてから、子どもたちの様子に変化が見られます。

朝からイヤなことばかりよ。
何もする気が起きないよ。
仲良しの子と遊べないの。

そんな時、クラスにケンカが起こります。
友だちが「茶色い目」とからかうので、言われた子はカッとなって相手の子を殴ってしまったのです。

「茶色い目」と呼ばれると、「バカ」って言われてるみたいだ。

2日目を終えたエリオット先生。

私は、賢くて仲良しだった子どもたちが、悪意に満ちた差別をするようになるのを観察していました。

子どもたちはたった15分で、まるで別人のようになってしまったのです。

3日目ー逆転の日ー

3日目、エリオット先生が子どもたちに告げます。

青い目の人の方が偉いと言ったのは、間違いでした。
本当は、茶色い目の人の方が偉いの。

前日とは全く形勢が逆転です。

青い目の子は、エリを付けなければならず、遊び道具は使うことができず、茶色い目の子と一緒に遊ぶことができなくなります。

青い目はダメ、茶色い目の子はいい子です。

さすが、茶色い目ね。
青い目は、ダメね。

テストの結果が如実に…

エリオット先生が実施した簡単なテストを実施すると、茶色い目の子は、前日(差別を受けた日)には5分30秒かかっていたのが、翌日(よい子とされた日)には、2分30秒しかかからなかったのです。

茶色い目の子どもたちは、きらきらとした笑顔で

エリのせいよ、気が散るんだもん。
目が回っちゃった。

と、嬉しそうに話します。

一方、青い目の子どもたちは、4分18秒。
前日には3分だった記録が、ガクンと下がってしまいました。

今日は嫌な日

成績の下がった青い目の子どもたちを前に、エリオット先生は語ります。

今日は嫌な日だわ。
先生も青い目だもの、こういう不愉快な仕打ちのことを、「差別」と言うの。
こうして、人を分け隔てるのは正しいこと?
今日したことは、正しいこと?
だから、嫌な日です。

実体験から分かる、相手の気持ち

エリオット先生は、その日の午後、子どもたちを集めて話し合いの場を持ちました。

青い目の人は、今日、何が分かった?
茶色い目の人の気持ち。
それは、どんな気持ち?
鎖につながれた、犬の気分。
「一生ろうやに入ってろ」って言われたような感じ。
目の色で差別してもいい?
ノー。
じゃ、肌の色では?
肌の色で、人を判断できる?

そして、エリオット先生はこう続けます。

これから、いつもこう答えるんですよ。
道で、黒人やインディアンを見た時にバカにしますか?
人を区別しますか?
肌の色が黒か白か黄色か赤で?
ノー。
良い人か悪い人か、肌の色で分かりますか?
ノー。

エリをとりましょう。

子どもたちが、差別を実感として体験し、差別する側、差別される側のいずれもがフェアでない、公平でないことを学んだ瞬間です。

エリをとりましょう。

子どもたちは、勢いよくエリを外し始めます。

エリをどうしたい?

子どもたちは、間髪入れず、

捨てたい!

そして、子どもたちは、ゴミ箱へとエリを捨てに走ります。

みんな、戻った?
うれしい?

子どもたちは、みんな笑顔で肩を組み、「Yeah!」と叫びます。

ほっとしたでしょ?

差別することの危険さ、差別されることの悲しみ、憎しみ、言葉だけでは伝わらない「実感」として、「差別」に対する子どもたちの意識を変えることにこの授業は成功しています。

最後の場面での、エリを噛み切ろうとしていた男の子の、少し涙ぐんだ表情が非常に印象的でした。

おわりに

これと同様の授業を、現在の日本で行うことは非常に難しいでしょう。
子どもたちを不用意に傷つけてしまう危険がありますし、保護者や地域、メディアなどの反対もあるでしょう。
しかし、このビデオから学ぶことは非常に多いように感じます。

茶色い目の男の子が、からかわれた際に殴ってしまう場面があります。
しかし、殴ることでは事態は解決せず、気持ちも晴れることはないということに、この男の子は気づきます。
暴力からは何も生まれることは無いのだ、と気づいたのです。

差別すること、差別されること、これは、現在の日本の社会にも同様に根深く存在しています。
いじめも、差別の一種であると思います。

見た目や生まれながらの特徴で、人を判断してはいけない。
しかし、その『頭では分かっていること』を、現実には無意識に多くの人々がしてしまっているということにも気がつかなければならないのです。

さらに、差別を受けている時にはテストの成績が悪化し、逆の時には成績が向上する点にも注目すべきです。

不当な差別を受けたり、いじめを受けたりしている状況下では、本来の能力やよさを発揮することが難しくなってしまうのです。
こういった差別が成立する集団の中では尚更です。

しかし、その集団が全員一致で差別は必要ないと決断し、エリを捨て、安心の中で生活が出来るようになると、全体の成績が向上したとエリオット先生は話します。
現実に、この授業を体験した後、子どもたちの成績が良くなったというのです。

体験の中から、差別(いじめ)をすることの愚かさ、無意味さを学び、差別(いじめ)のない世界のすばらしさ、居心地の良さを学ぶことができるのだと感じました。

機会を見つけて、このビデオを実際の子どもたちに提示し、差別についての意識を変えるきっかけを作っていきたいと考えています。

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